〈日本の「現在地」から考える3つのテーマ〉その③ 低エネルギー状態から抜け出すカギは「生きる実感」
なぜ日本企業の経営組織では創造性が発揮されにくいのでしょうか。そして、どうすれば本来持っている可能性としての「創造的潜在力」を引き出せるのでしょうか。
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個人も企業も“創造的な問題解決”を迫られる時代
イノベーションが求められる現代ビジネスにおいて、創造性の重要性は言うまでもありません。そして今後、その傾向はますます強まっていくでしょう。
なぜなら、私たちがビジネスの世界で解決しなければならない問題は、もはや経済だけにとどまらず、国際関係の不安定さや社会の分断など、世界・社会にまたがる極めて複雑なものになっています。それに対処できる経験や正解を私たちは持っていません。
つまり、前例踏襲や模倣だけでは乗り越えられず、常にそこにある複雑さと矛盾に向き合いながら、これまでにない解を創造していかなければならない時代になっているのです。
個人の生き方についても同じことが言えます。これまでの「こう生きるのが正しい」という前の世代が共有していた常識的な“レール”や選択肢だけを頼りに生きていくことは、今日の社会的状況を見ても難しいでしょう。
より「私らしく生きたい」という個人の欲求が高まり、かつ社会環境が流動化している中で、本当に自分にとって良い人生を手にするためには、人生で直面する多くの問題や課題に対して、他の誰でもない自分が“自分らしく”答えを出し続けていくことが求められます。これはまさに創造的な行為なのです。
もちろん、「既にある正解」をそのまま適用すれば問題が解けるような場合は、必ずしも創造性は必要ではありません。現代はAIを活用することで、「既にある正解」の情報を瞬時に検索することができ、身の回りの小さな問題は比較的簡単に“解ける”ようになりました。その一方で、複雑で高度な問題、本質的な問題、実存的な問題などは、既成概念を手放し、問いや仮説を立てて考え抜く、すなわち“人が創造的に解く”ことが求められています。
個人レベルでも組織レベルでも、今日の問題解決には「創造性」が不可欠になっているのです。
日本人の創造的な気質にフタをする非創造的な組織風土
私は日本人の特性について、本来とても創造性に富んだ気質であると考えています。さかのぼれば異彩を放つ縄文文化に端を発し、歌舞伎や能などの伝統芸能、破調の技法が西洋芸術に衝撃を与えた浮世絵、生活に根ざしつつ美と工夫を極めた伝統工芸や庶民生活に溶け込んだ民芸。そして今日、世界を席巻しているマンガ・アニメ、キャラクター文化など、日本の歴史には豊かな文化的成果としての創造の産物があふれています。また日本は、ノーベル賞のパロディーとして創設されたイグ・ノーベル賞に今年も受賞者を出した常連国でもあります。
このように庶民のレベルにまで創造性が浸透した文化を持ちながら、日本企業の創造性の弱さがたびたび指摘されるのはなぜでしょうか。この矛盾には、何か理由があるはずです。
その背景には、日本企業に特有の要因ともいえる、人の創造性を発揮しにくくしている組織文化の影響があることは否めません。私たちが「調整文化」と呼んでいる序列規制の強い組織の“出る杭”を嫌う横並びの文化、合意主義の意思決定、安定重視で失敗をマイナスとする心理的安全性の低さなどが、創造性にフタをしているかもしれません。
さらに、失われた30年を通じて、コストカット主導の経営が続いたことによる挑戦心の萎縮も顕著です。短期的な利益を追求するあまり、リスクを避け、安全策を選ぶ姿勢が組織に浸透してしまったのです。
それでも悲観しすぎる必要はありません。日本社会や組織のムーブメントが変わり、時代に合った新たな環境づくりができれば、自分たちが本来持っている創造性がいかんなく発揮されるようになると私は考えています。
実際、日本企業の組織、職場がすべて創造性に乏しいわけではないのです。
かつて、井深大氏が書いたソニーの設立趣意書には、意訳になりますが、次のようなことが述べられています。
まじめな技術者の技能を最高度に発揮させるような、自由闊達で愉快な理想工場をつくり、日本再建、文化向上を実現する。
まさに創造性が自然と発揮されるような行動環境としての組織文化の重要性を語った言葉です。
私の企業支援経験の中でも、創業期のソニーのような創造的な雰囲気や環境を備えた組織はたくさん存在しています。しかし、創造的な組織風土が持つ文化的価値は財務指標のような数字に表せないことから、経営レベルの意図的な風土づくりがなかなか進んでいないのが実情です。
創造性を解放する取り組みはマインドレベルから
もう一つ、創造的な組織風土づくりが難しいのは、効率重視で変化に対して後ろ向きになっている社員のマインドの問題でしょう。環境づくりの一方で、働き方や仕事の思考として創造的になっていくためには、個々のマインドチェンジが必要です。
ここでは、特にマインド醸成のために重要な3つの要素を取り上げて見ていきましょう。
1. 探究テーマに対する強いエンゲージメント
創造的であるためには「言われたことをやる」という範囲を超えて、自分が探究したいと強く望むテーマを持つことが必要です。自分が心から意味を感じる、価値があると思う、好きであるなど、「意味・価値・好き」の観点で、内側から湧いてくる関心・知的欲求とテーマが結びついていること(=エンゲージメント)が大切です。
なぜこの仕事に取り組むのか、これは誰にとってどんな価値があるのか、自分は何に興味を感じるのか――こうした問いを持って考え続けることが創造性の源泉になります。この内発的な動機づけがなければ、困難に直面しても粘り強く取り組み続けることができません。創造のプロセスには必ずぶつかる壁があるものですが、テーマへの強い関心が、その壁を乗り越える力となるのです。
2. 没頭状態の試行錯誤
人は、自分と強く結びついたテーマであれば我を忘れて没頭します。
没頭とは、深い森に迷い込むような感覚であり、決められた正解に向けて最短距離で進みたいというコスパ思考とは対極にあるものです。効率だけを追求せず、“あいまいの可能性”に期待して試行錯誤を厭わない姿勢が予想外の発見や創造につながります。没頭状態によって、論理だけでは到達できない未知の領域に足を踏み入れることができるのです。
夢中になって没頭し、まだ見ぬ何かを求めてさまよっている時間は、一見すると効率性が低いかもしれません。しかし、創造性を働かせるには「遠回りこそ近道」です。ムダに見える迷走や試行錯誤こそが独創的なアイデアを生み出す土壌となるのです。
3. ネガティブ・ケイパビリティ
創造性を働かせるためには「ネガティブ・ケイパビリティ」(不確かさやあいまいさ、理解できないことに耐える力)が不可欠です。
参照:人と組織の創造性を妨げる問題解決のワナ~ネガティブ・ケイパビリティを高める
この能力は、現代社会においては、なかなか育ちにくいものです。「〇〇すべき」「△△しなければならない」といった明瞭さに安心する思考に慣れた私たちは、「わからない」状態を許容することに不安を覚えがちです。しかし、創造性を高めるには「わからなさ」を大事なプロセスとして受け入れ、その中で思考や心を熟成させる余裕が必要なのです。
ここで取り上げた3つのマインドは互いに関連しています。
テーマへの強いエンゲージメントがあれば没頭するようになり、没頭することでネガティブ・ケイパビリティが養われ、ネガティブ・ケイパビリティを持つことで、より深く粘り強くテーマに関わることができる。
この3要素の循環が創造性の基盤となるのです。
創造的思考は新時代のビジネススキル
創造性は才能や適性だけではなく、スキルとしても捉えることができます。
私は思考の種類には大きく分けて、①日常的思考 ②論理的思考 ③創造的思考、の3つがあると考えています。
現代のビジネスシーンでは、特に②の論理的思考が重視されています。さかのぼって数百年前には論理的思考を操れる人はごく少数でしたが、今では誰でも訓練することでビジネススキルとして活用できるようになっています。
それに対し、③の創造的思考については、その思考プロセス自体が明らかではなく、訓練する場も機会もないのが実態かと思います。その結果、企業人には創造的思考をスキルとして学ぼうという発想自体がありません。しかし、こちらも論理的思考と同様に、練習すれば普通の人でも使いこなせるようになります。
参照:創造性のスイッチを入れよう~3つの思考法を使い分けるトレーニング
ここで大事なのは、ビジネスシーンで重宝される論理的思考と創造的思考は質的に大きく異なる、ということです。
論理的思考:「確かな前提」から演繹的に推論によって、確実に正しいと言える事柄を導き出す思考スタイル
創造的思考:未知の事柄に対して、飛躍を伴う「発想」を得ることで、その本質に近づいていく思考スタイル
この二つの思考様式は、使う場面や目的が異なります。
論理的思考は既知の情報から確実な結論を導き出すのに適していますが、まったく新しい何かを生み出すには不十分です。一方、創造的思考では、直感やアナロジー、メタファーの活用、異質なもの同士の組み合わせなど、論理の枠を超えた非線形のアプローチによって今までにないものを生み出すことができます。
そのどちらが優位かというよりも、重要なのは、目的に応じて両方の思考法をバランスよく使い分けることでしょう。
今回のテーマである「創造性」は、前回までに述べた「分断」「熱意の低下」とも密接に関連しています。人が分断状態にある環境では、メンバーは相互に無関心となり、攻撃し合い、創造のための深い対話の場を構築すること自体が困難になります。また、熱意の低さは、創造性を発揮するために必要な内発的エネルギーを枯渇させてしまいます。
創造的な組織風土づくりとは、個人の創造力がいきいきと働き、それが仕事の日常で当たり前に発揮・実践できる環境にしていくことです。そのための取り組みは、「分断に橋を架ける対話」「生きる実感を引き出す組織的なサポート」にしっかりと下支えされていなければうまくいきません。
世の中には個人の創造性を高めるたくさんの方法や研究が紹介されていますが、組織がこの土台となる条件を欠いたままでは、創造のための内発的動機や現実的な発揮・実践のエネルギーは生まれないでしょう。
そういう意味で、創造性を高めるための取り組みは、人間らしい感性や感情を動員し、揺らぎながら進めるというプロセスの特徴も含めて、特にホリスティック(全体性)な視点、環境面からのアプローチが不可欠なのです。