早いもので2018年も終わろうとしています。世の中は、どこもかしこも「平成最後の~」という枕詞でもちきりです。創業32年のスコラ・コンサルトも、平成という時代と一緒にここまで走ってきました。

私たちの歴史をふり返ると、創業当時、つまり平成の初期の頃の企業といえば、社員は組織の歯車として滅私奉公するのが当たり前、寝る間も惜しんで働くことを美徳とする昭和の労働観を宿したままでした。
そんな時代に、「人が人らしくいきいきと働くことと、企業の業績の向上をともに実現する」という新しい価値観を掲げ、企業社会に一石を投じたのがスコラ・コンサルトです。

しかし、個々の人生や生活よりも仕事第一という社会の価値観が変わり、社員の働きがいや心身の健康、意欲や個性が、企業で重視されるようになるまでには30年を要しました。国を挙げて働き方改革の大号令がかかったのは、つい今しがたのことです。

財務面の健全化には注力してきたものの、非財務系の領域、こと組織の中身については問題が棚上げされたままで経過してきた30年間。進化の時計が止まったままの組織が、複雑さに渦巻きながら早いスピードで変化する今の時代に追いつくために、“組織の内なる殻を破る”改革は待ったなしの課題です。

ただし、古い殻を破り脱皮していく過程では、経験にない混乱と混沌を避けて通ることはできないのです。

組織は「もの言う」集団であってこそ進化する ~段階的な変化は「黙って従う集団」の殻を破るところから

全体として見れば、労働力人口の減少という切迫した状況もあって、確かに企業の意識は変わってきました。しかし、働く人の価値観、人材や働き方の多様化など、いずれの対応ひとつを取っても課題は山積みで“人と組織の中身”は追いついていないという印象です。
特に見過ごせないのは、社員をとりまく組織の規範が昭和のままに残っていること、「おかしいと感じても黙って従う」「ものが言えない」状態が変わらないことでしょう。

世間の注目を集めた日大アメフト部の問題や、今も揺れるゴーンショックなどの問題の背後には、そこにいる人が日常的に違和感を覚えていても、誰も声を大にして公に指摘できないという組織の問題が隠れています。

多様な第三者の目や口が入らず、権益とパワーが一極に集中しやすいこうした環境では、自浄作用や新陳代謝の作用が働きません。コンプライアンス問題の温床になりやすいのはもちろん、労働市場におけるポジションも低下し、経営やビジネス自体も時代に取り残されやすくなります。

世の中は、ソーシャルメディアを通じて個人が自由に発言し、オープンに情報発信をするフラットなコミュニケーションの時代です。その“もの言う文化圏”では、自由で建設的な意見やアイデアのもとに、オープンな共感のネットワークやコミュニティが生成的に組織されています。旺盛な創出力を持つそこには、「もの言う個人」とネットワークが巻き起こすダイナミズムがあるのです。

このような外部社会と企業内の文化や価値観、感覚との隔たり、個人の発言の自由をめぐる内外格差は年々大きくなっている気がします。
それが問題なのは、「自由にものが言えるかどうか」が、社員の思考や主体性に関わるだけではなく、組織の問題解決や変化対応の能力にも大きく影響するからです。

とはいえ現実問題として、昭和の「黙って従う文化」を持つ組織が一足飛びに、ポスト平成のオープンでフラットな「もの言う文化」を持つ組織にワープすることはできません。

組織の中身は、[安定→混沌→相互理解→協働]と漸進的に、組織を成す人々の関係性を構築・発展させながら変化していくものなのです。

「自由にものを言う」ことが招く対立のリスク ~最初にぶつかる混乱の壁

ものが言いにくい組織は、自分の働く組織に問題を感じていながら「誰もそのことを指摘しようとしない」状態、暗黙の了解による自己規制下にあります。そのことによるモヤモヤが内部には鬱積しているのですが、集団の同調圧力が働いているために表面上の組織は【安定】した状態にあります。
しかし、そこから一歩進んで、「自由にものが言えるようにする」ことは決して理想郷の世界を意味するものではありません。

今まで“なかったことになっていた”問題も本音の話として露呈してきます。問題の顕在化は解決の第一歩なのですが、同時に、みんなで問題に向き合わざるを得ない新たな状況が生まれてきます。

みんなが「余計なことは言うべきではない」と自制することで保たれてきた組織の安定状態を壊して、もの言うことを自由化しようというのですから、当然そこには大きな混乱が生じます。

「もの言う文化」を持つ組織への段階的な変化の中でも、最初にして最大の難所になるのが、この「自由にものを言う」ことによって組織に混乱が起きる【混沌】の段階なのです。

問題をめぐっての話し合いでは、それぞれの立場や考え方の違いによる見方や多様な意見が出てきます。問題をオープンにすることで不都合や不利益が生じる人たちも出てきます。そこで向き合い方を間違えて、自分にとっての正義だけを主張したり、感情のぶつけ合いになってしまうと、せっかく顕在化した問題は解決されるどころか、組織の中に深刻な対立を生み出してしまうリスクにつながりかねません。

自由にものを言い合う中で生じる感情的なズレや不信感は、お互いの関係性をおかしくするだけではなく、感情を絡めて問題を複雑にこじらせてしまいます。
今の社会でみても、モンスターペアレントやクレーマー、SNSの炎上など、自由な発言が必ずしも問題解決には向かわず、世の中に深刻な対立や不安をもたらしているケースは少なくありません。

このようなリスクをはらむ混沌状態を受け入れ、乗り越えるのは、口で言うほど簡単ではないのです。

新たな文化がもたらす混沌にどう対処していくか ~変化の力が試される「進化と退化の分岐点」

この、混沌の段階を乗り越えるために大切なことは、自由にものが言える環境をつくりつつも、それ自体が目的ではないという理解を決して忘れないことです。「言いたいことを言い合える」は、組織の進化にとって必要な条件ではありますが、十分条件ではありません。

そのことによって顕在化される問題が自律的に解決され、組織全体が進化していくことが真の目的であれば、見えてきた問題に対し、感情的な対立を超えてみんなで解決していこうという集団の強い意志のもとに、そのプロセス(状況と道筋)をしっかりとデザインしておくことが求められます。

こうした混沌を乗り越えていくための準備ができていないと、目の前の問題の火消しや対策に走ってしまい、組織は進化のプロセスから離脱してしまいかねません。進化どころか後退してしまうのです。

そういう意味で、「もの言う文化」へと大きく舵を切った初期段階で直面する「混沌状態」は、組織の変わる力が試される試金石であり、そこは進化と退化の分岐点なのです。

真意と事実を聞き合うことで、同じ全体像を共有する
~ 自発的な協力の土台となる「相互理解」

「混沌段階」を乗り越えて、それを価値ある変革のバネにしていくために必要なことは、【混沌】を、対立ではなく【相互理解】の段階に引き上げていくことです。それによって感情に引っ張られることなく、問題解決に関心をフォーカスしていけるのです。

相互理解とは、問題を提示する側と受け取る側、互いの背景にあるものが理解し合えている状態です。
「なぜ、その問題を取り上げたのか」「なぜ、そこが知りたいのか」「問題がある側の言い分にはどんな事情があるのか」といった発言の背景にあるものに目を向ける。それによって、互いの立場や経験、思いや考えなどを理解し、発言の真意や事実を聞き合えるようにするのです。

背景や事情を知らないままの一方的な批判や誤解は、お互いにとって不幸であり、建設的ではありません。多様な視点から見えている全体像を事実ベースで理解していない中での意思決定は、大きな判断ミスにもつながります。

意見や言葉の背後にあるものをお互いが理解しようとする姿勢は、言いにくい話や自由な意見を引き出す新たな土壌にもなります。

このような相互理解が進むことで、信頼関係のもとに互いが知恵を出し合い、惜しみなく協力して問題解決や挑戦のための【協働】ができる、強いチームに進化していけるのです。

来年は、新しい時代の幕開けの年です。

企業では、多様な働き方、雇用の形態、外国人労働者をはじめとする異文化の人材など、今まで以上に多様な立場や意見を持つ人が増えてくるでしょう。ビジネスをとりまく環境変化の行方もますます見えにくくなっていきます。

だからこそ、これから迎えるポスト平成の時代は、人々の相互理解のもとに、「もの言う文化」を創造的な思考や生産・創出の糧にしていこうとする、そういう意志が組織にはいっそう求められるでしょう。

今の時代の分岐点を乗り越え、よりよい未来をつくっていけるように、私たち自身も新しい時代を歩んでいきたいと思います。