7年間の取り組み全体の流れ

安井建築設計事務所が取り組んだ組織風土改革の全体像を図にまとめ、活動前の状況(Before)と活動後の状況(After)を比較すると以下のようになる。

ここでは【立ち上げ期(2017~19年)】、【具体的活動期(2020~22年)】、【自走準備期(2023~24年)】に分け、それぞれ大阪事務所と東京事務所の取り組みについて詳細を説明する。

【立ち上げ期】活動基盤づくりでのポイント

①スタート時のスポンサーの役割って?

風土改革のスタート時は、経営者が自分の言葉で活動の目的や背景、そして想いを全社的に発信し、できるだけ多くの社員が「なぜこの活動が必要なのか」を理解し、腹に落とすことが大切です。また、活動のスポンサーである経営トップや拠点トップ(この事例では事務所長)が活動に主体的に参画し、推進することは、経営が風土改革に対して本気であることを伝え、活動を成功に導くカギとなります。

②事務局の発足とコアメンバーの発掘は?

・大阪事務所

事務局メンバーは所長が設計部から任命。プロジェクトや組織の中でも信頼され、社員会で役員をするなど、想いや責任感の強いメンバーが選出された。所長に任命されたとは言え、本人も納得した状況で参画する。ただスタート時は会社の方向性や組織に対してある程度の問題意識をもっていたが、解決策は経営が考えることであり、自分たちで解決することだとは考えていなかった。

しかし活動事務局の役割を担い、組織の現状や問題意識を共有しながら、自分たちなりに活動目的を腹に落としていくうちに、問題解決の認識が変化。心の中で眠っていた「もっといい仕事をしたい」という想いが湧きあがり、ありたい姿を描いていくようになる。

・東京事務所

数年前に中堅社員の退職が相次ぎ、若手をサポートしてつなぎ役となるベテラン社員が少ない状況で、各階層間に壁やギャップがあった為、所長は、自分が入ると意見が言いにくいだろうという配慮から、所長が事務局を任命せず、部長層、実務リーダーと階層別にオフサイトを展開しながらコアメンバーを発掘。日々の仕事に忙殺されている為、主体的に取り組みを推進したいというメンバーがなかなか現れず。そんな中、設計部の部長と環境・設備や構造部のリーダー層のメンバーが目的や必要性を理解し、組織マネジメントを何とかしないといけないと立ちあがる。

③主任研修が取り組みの起爆剤に

設計事務所は専門性が高く、知識や技能を身につけて一人前になるには10年ほどの時間がかかる為、自分の存在価値や先々のキャリアが明確でなく、成長実感が乏しいと不安になり退職につながりやすい。主任研修は、同じ悩みをもった仲間と自分たちのキャリアや部門で役立つことなどを一緒に考えた。結果的に事務所を超えた横のつながりができ、想いを持った活動のキーマンが顕在化、今後の活動につながる起爆剤となった。

【具体的活動期】各事務所での実践でのポイント

①各拠点の取り組みでの試行錯誤

・大阪事務所

事務局はどれだけ自分たちで改革のシナリオを考えて推進できるかという点がカギとなる為、メンバー内で、チームとしての目的やゴールを何度も問い直しながら、自分たちで取り組みのシナリオを作成。また、「いい仕事をする」には何が大切なのかを考えるために、自分たちの業務の連携や流れを整理し、A3用紙1枚に流れをまとめたものを作成。プロジェクトの初動を高めることが仕事の価値を高めることにつながると課題の仮説を立てる。また、事務所内での事務局立ち位置や役割などを明確にし、部長会議で議論してもらうべく認識をそろえるなど体制をつくる。並行して、活動に必要となる風土改革やプロセスデザインシナリオなどの知識を習得、対話の技術も身につける。自分たちで立てた組織課題の仮説を検証するために、他部門のマネジメント層が開催するミーティングに入るなど、マネジメント層を巻き込みながら部門を超えて組織課題について議論を重ね、活動に参画できていない若手メンバーの対話の場をつくるなど、組織課題について議論をする場を設計し、現場の声を集めながら検証を行なった。

・東京事務所

部長層はオフサイトミーティング(※1)でありたい姿と課題をまとめ、次の実務リーダー層は、部長層のまとめた内容が組織の実態と乖離していると感じ、自分たちで実態がどうなっているのかを「見える化」しようと動きはじめる。見える化のプロセスで「組織のマネジメント能力」や「仕事の進め方」に課題があると仮説を立てた。
※1 オフサイトミーティング®とは「気楽にまじめな話をする」ための場であり、スコラ・コンサルト独自の手法。詳細はこちら

実務リーダー層では、業務フローや役割と責任を明確にし、ありたい姿と現状とのギャップや課題をA3用紙1枚にまとめた「業務の役割責任表」を作成。部長層や中堅・若手の意見を聴くために対話の場をつくり、ありたい姿や課題を一緒に考えはじめる。3つの課題について所長や部長層に提言し、双方向で議論する場を設定。
東京事務所は、オフサイトミーティングを通じて、各層の役割を整理するために現状とありたい姿をとことん話し合った。

最終的に、各部門の役割表を作成し部門マネジメントで活用した。

その後、事務所内で階層を超えた部門横断のコアメンバーが構成され活動が進むが、業務量が増え、中心メンバーが入れ替わるなど対話の時間が取れない現状に苦戦。さらにコロナ禍に入り活動は難局に差しかかる。そのような状況でも、何とか組織を変えたいと思っている部長・実務リーダーメンバーが踏ん張り、対話を中心に活動を推し進め若手・中堅に働きかけることを継続した。

②全社員アンケートで明確になった全社課題を研修で活用

全体の活動のサポート機能として、全社員アンケートを実施、「組織マネジメント」が課題であると明確になった。階層別の研修のテーマとして取り入れ、社長が自ら課題について考えを伝えるなど、全社的な中心課題として位置づける、また、マネジメント層が自ら考える場を設計し取り組みを進める。

研修では組織マネジメントの一般的な知識や情報も学びながら理解を深め、自分の部門のありたい姿を実現する為に自部門で実践しながら振り返り、試行錯誤を繰り返した。

【自走化準備期】実践をカタチにする

経営チームの強化

経営チームで経営課題を考える力を高めるために、個々が経営者としての視点や視座で考える場を設計。社長・副社長・常務はもともと次世代層の経営について課題認識をもっていたが、まずは現経営層の勉強会からスタート。知識・技能の勉強会だけではなく、経営とは何か、経営視点とは何か、自分は何のために経営を担っているのかなど、自分たちで答えを考え見つけ出す「問う力」と「考える力」を副社長がリーダーシップをとりながら実践した。

しくみと環境づくり

7年間の活動で「いい仕事をする」ために取りまとめたツールやハンドブックの運用や活用、今後、組織や会社全体の課題などを考え動く人材をどう育てるのか、環境やしくみについて全社・各事務所で話し合った。

昇格したコアメンバーが各部門で、自ら考え動く主体性のある個人や、お互いの強みを生かしあいながら連携するチームワークづくりに向けて自ら組織マネジメントを実践しながら継承する。

当事者の声

常務執行役員 大阪事務所長 小林 直紀さん

小林事務所長は、活動スタート時は設計部長だった。活動全体を振り返り、組織と風土の関係について次のように考えているという。
「奥さんたちがまとめられたハンドブックは、基本的な事項であり、これを徹底してやり続けることができるか否かが重要と思います。そのためには、リーダーがまずやって見せる、業務を上手く進めるための計画を立て共有しマネジメントする。これにより、業務で経験や実績を積めば、個々は自律し組織は強くなる。組織風土改革を通じてあらためて感じたのは、その大切さでした。ありたい姿は時代により変化する。だから、どんな姿にもなれるよう凡事徹底。私がいま取り組みたいテーマです」

大阪事務所 設計部部長 奥 貴人さん

活動スタート時は主事だった。
社員会の会長を務めた経験があり、社内状況をよく知る立場だった。
「社員会活動時の最大の問題は、理由はさまざまですが会社を辞める人が多かったことです。社員会で意見を募ると、労働環境などへの不満とともに『会社は何もしてくれない』という他責の姿勢が目立ちました。会社の方針が共有できていない状況で、会社全体に当事者意識が不足している印象がありました。私自身も社員会の活動に携わるまで、自分の仕事だけしっかりやればいいという意識がありましたが、社内のみなさんと話をしていく中で、自分自身も会社の一部なんだと意識し始めてからは、今回の活動もそうですが、社内での活動も仕事の幅も広がっていったと思います。」

執行役員 設計領域本部長 大阪事務所副所長 大阪事務所設計部長 森 雅章さん

森本部長は、当時は主幹の立場で大阪事務所のコアメンバーになった。
「初めのうちはオフサイトミーティングに参加しても、何を語ればいいのかわかりませんでした。それまで組織風土を意識したことはなかったし、風土改革について説明されても、非常に難しいことだと感じました。参加者の反応はさまざまで、仕事だけに集中したい人は『忙しいのに時間を取られた』とネガティブに受け止めたようです。日常業務から一歩引いてオフサイトミーティングに参加すると、仕事の幅が広がるというメリットに気づく余裕がない。その一方で、若手社員などは『率直に何を話してもいいんだ』とポジティブに受けとめ、積極的になれたように見えました」

大阪事務所 設計部 主幹 宮武 慎一さん

宮武主幹は、社員会活動や若手社員らと一緒に企画した「YASUI CAMP」を通して社内状況をある程度把握できていた。コアメンバーでは若手のひとりで、当時は主任だった。
「コアメンバーの集まりは、社内の優れた先輩たちとディスカッションできる貴重な場だと思って積極的に参加しました。個人的に課題だと思っていたのは、大阪設計部は職場の雰囲気やチームワークはとてもアットホームでよいのに、飛び抜けて良い建築作品が出ていなかったこと。だから、風土改革で個人の能力向上と合わせて組織力が高まれば、新しい価値を生み出し、世に問える作品ができるのではないかと期待しました。ここ数年は日本建築学会の『作品選集』への掲載作品も増えてきているので、直接ではないですが、活動の成果とリンクしていると考えています」

総務部 主事 石﨑 紫乃さん

石﨑主事は、コアメンバーの活動を通して組織や人材育成に強い関心をもち、環境・設備部の技術者から管理部門へと自ら希望して異動した。環境・設備部は、活動スタート時に個々人の業務負荷が高く、離職が目立った部署だった。
「活動当初は、私自身もキャリアについて迷っていた時期でした。主任研修で会社の『ありたい姿』を描く課題が出たとき、自分のキャリアにも当てはめて考えてみました。当社の温かい社風は好きなので、会社に残るなら社員のみなさんをサポートする側の仕事に携わりたいと思いました。コアメンバーの会議では当社に人事部が必要ではないかと投げかけ、総務部内に社員育成グループを新設する際に、三木常務から声をかけていただきました。」

大阪事務所 設計部 主幹 秩父 大輔さん

2022年から参加しました。当時の主力メンバーは、大阪事務所では設計部のリーダークラスの生え抜き社員であり、中途入社の社員からの新たな視点を共有したいと思っていました。環境・設備部の高田さんをメンバーに推薦したのも、組織に対して異なる問題点が見つかるだろうと思ってのことです。活動を通じて、組織としての我々は何者なのか、そして個人としてどのような役割を果たしていくのか、ということについて掘り下げることができました。創業100周年記念事業でのWebグループの活動において、若手の起用や生き字引インタビューの企画で、この経験が活かせたと思います。

大阪事務所 環境・設備部 主幹 高田 雅友さん

会社が改革活動をしているのは知っていました。そんな中で秩父さんに誘われて参加したのは活動終了前のわずか1年で、活動の黎明期がどういったものかは想像できるものの、きっと想像以上にみなさんが尽力してくださったのだろうと非常に有難く感じています。ただ、そこに人がいる限り「これにて終了。」というわけにはいかないので、10年後の世代交代を、未来を想像して働くという意味を、若い世代の助けになれるようこれからも折れない心で周りをかき乱していこうかと思います。