トップ自ら風土改革の旗を振る

――安井建築設計事務所は2017年に組織風土改革をスタートしました。どのような背景やお考えから導入を決められたのでしょうか?

佐野さん:当社は私の祖父が1924年に設立し、2024年に創業100周年を迎えました。私は創業者から数えて5代目の社長になります。

これまでの100年を振り返ると、各時代の社長たちはそれぞれ責任をもって経営にあたり、伝統を守りながら改善すべきところは改善して、後継者にバトンを渡してきたと思います。

2017年は私が社長になって20年目であり、7年後の創業100周年が意識されていました。「私自身はどのように会社をよくしてバトンを渡すのか、改革するならどこがポイントになるのか」と考え、自分なりにさまざまな角度から検討した結果、最も重要に思えたのが組織風土の問題でした。

組織風土の視点で会社全体を見渡すと、問題の予兆やサインがあるのではないか、丁寧に観察して対策を打っておく必要があるのではないか、と感じたんですね。ちょうどそのタイミングでスコラ・コンサルトの組織風土改革を知って、当社の経営ニーズに合っていると思いました。

建築物は、設計会社の力だけでつくるものではありません。たくさんの企業、たくさんのスタッフが協力してプロジェクトを進めます。設計会社が図面を描き、施工会社が工事にあたり、ほかにも多様な企業会社と人が参加する。どこかでバランスが崩れると、従来のやり方が通用しなくなる。たとえば、少子高齢化などの社会状況からも影響を受けます。

次の100年を考えるとしたら、時代の変化や、環境の変化に素早く対応できる人材がどうしても必要になります。優れた人材を育て、よりよい会社になるためには組織風土を見直す必要があると思いました。

――さまざまな経営課題があるなかで、組織風土に着目されたのはなぜでしょうか?

佐野さん:私は若い頃から「社風の違いはなぜ生まれるのか?」という問題に関心がありました。他社とお付き合いすると、「ここは社内の連携がなくて個人の力で仕事を進めているな」とか「ここは組織的な行動はできてはいるけど、誰に尋ねても同じ答えしか返ってこないな」とか感じることがありました。どれが正解ということでもないのでしょうが、会社ごとに風土の違いがあるのはおもしろいと思っていました。

ただ、組織風土は自分たちには見えにくいものです。見えたとしても「わが社の風土はこんな感じです」と説明するのがやっと。変革までは当事者には無理でしょう。だから、どうしても第三者の目線や助言が必要になる。スコラ・コンサルトに支援を依頼した理由です。

私にとってスコラ・コンサルトは外から問題を発見する双眼鏡であり、活動が進むにつれて杖になったり自転車になったりしました。たくさんの役割を果たしてもらったと思います。

対話の価値を共有する

――活動がスタートした当初、役員や社員のみなさんはどのような反応を示されたでしょうか?

佐野さん:受け取り方にはそれぞれ若干の差違いがあって、まだら模様といった印象でした。たとえば、経営コンサルタントが入るのだから、すぐに答えが示されるだろうと思った人たちがいます。しかしスコラ・コンサルトの進め方は、対話を重視してオフサイトミーティング(※1)を繰り返す。「ミーティングばかりやって、答えが出せないんじゃないか」という不満の声が当初は聞かれました。ボタンを押せば答えが出ると思っていた人にはじれったいわけです。
※1 オフサイトミーティング®とは「気楽にまじめな話をする」ための場であり、スコラ・コンサルト独自の手法。詳細はこちら

しかし活動が進むと、一般的なコンサルティングみたいに問題の解決策など答えが与えられる活動ではないことがだんだんわかってくる。オフサイトミーティングも何度か体験すればそのうちに、じっくり対話することの価値が理解できるわけです。毎日、職場で顔を合わせる同僚でも、実はお互いによく知らないことに気づかされる。そこから興味をもちはじめた社員はたくさんいます。勘のいい社員は初めから「会社がよい方向に変わるチャンスだ」と気がついたようです。

――佐野社長ご自身は、役員のオフサイトミーティングに参加するかたわら、社員たちと対話する機会をもたれましたね。

佐野さん:社員とじっくり対話する機会がなかったので、オフサイトミーティングで対話の重要性を改めて認識して、できるだけ多くの社員と話そうと思いました。「社長対話会」を開催し、全部門の社員に会いました。毎年20人ほど新入社員が入ってきますから、この活動については、そういった場でも説明することにしています。

最初は設計部門の中堅社員でした。会議室に8人ほど集まってもらい、私の経験や考え方を話しました。スコラ・コンサルトでいう“ジブンガタリ”です。

私も設計士ですから、自分が手がけた建物の印象深いプロジェクトについて説明し、マネジメントの考えが変化した転機などについても語りました。

――ご自身で説明用のパネルをつくるなど、かなり準備して社長対話会に臨まれたようですね。

佐野さん:ええ、おかげで社員から「社長のことがよくわかりました」と言われました(笑)。

私も若い頃は社長や役員が「雲の上の人」に見えましたけど、実際はみんな右往左往しながら、一歩進んで二歩下がるといったことを繰り返して役員になったわけです。だから、率直に若い頃の経験を話すと、「いまの自分と同じだ」と理解してもらえます。立場が上になると、いくらでもカッコつけられますが、“ジブンガタリ”は本当の自分をさらけ出すことが大切なのだと思います。

私が率直に話すと、社員も自然と自分のことを話してくれますし、相談を受けることもあるんですね。すぐに答えを求めるのでなく、「自分の悩みにちょっと付き合ってください」という感じです。私にも経験があることなら、アドバイスしました。

立場の違いはあっても、同じ会社で働くことは共同作業です。仕事の仲間として、相手の悩みを聞くことは大切ですし、経営者として社員が直面している問題や悩みは知っておいたほうがいいですからね。

私が若い頃と悩みのポイントはちょっと違いますが、普遍的なところはアドバイスできます。建築の仕事で問題が起こるポイントは、おそらく古代から変わっていません。だから現在の問題も、普遍的な問題として捉え直せば、解決策が意外とすぐに見つかることもある。21世紀の新しい問題だと思ったら、一緒に解決策を考えていきました。

建築の世界では、ベテランの意見だから正しいということはありません。優れたアイデアは年齢やキャリア、立場と関係ない。仕事の議論は、常に対等でなければ、正しい答えは出ないものです。

――組織風土改革によって、社内にどのような変化があったでしょうか。

佐野さん:社内に起きたさまざまな変化のなかで、私が最もうれしかったのは、社員に自発性が出てきたことです。私は自発性という言葉が好きで、自分の仕事でも大切にしてきました。難しい話ではなく、自分が思いついたこと、おもしろいと思ったことは、他人に働きかけて大きな夢を実現していく。自ら動いて周囲を巻き込む力は、建築の仕事には必要ですし、自分発の提案は大事です。

たとえば、事業提案や改善提案に賞金を出すような方法は、高い成果が期待できませんし、長続きしません。お互い本音で対話できる土壌をつくるほうがはるかに効果的だと思います。自発的な動きの例は、スコラ・コンサルト主催の「いい風土ベースキャンプ2020」で活動成果を発表したことや、2023年にまとめたハンドブックなどいくつもあります。

その意味で、スコラ・コンサルトの組織風土改革は、私が求めているものにマッチしているという印象がありました。創業100周年まで7年間も活動をつづけられた理由だと思います。

対話から生まれるソリューション

――大阪と東京の活動を振り返ると、30歳前後の若手社員が活躍してきたことがわかります。とくにコアメンバーは、ほとんどが7年間でポジションが2つあがり、会社の未来を担う力を感じさせます。

佐野さん:活動の成果として、社内に自発的な言動が出てくるなか、とくにコアメンバーの自発性と連帯感には目を見張るものがありました。

大阪、東京、名古屋と事務所をまたいで連帯している。

組織のヒエラルキーとは違うタテ・ヨコ・ナナメの強力なつながりがいくつもできたと思います。社員はそれぞれ個性がある一方で、みんなに共有されている感覚があるのもたしかです。同じ価値観をもっていると気づくだけでも結びつきは強まります。

建築家はアーティストだと見られることがあります。たしかに、時代のニーズや社会のニーズを感じ取り、建築物というアウトプットに仕上げる過程にはアーティスティックな部分があります。

ただ、建築家は独りよがりな芸術家ではありません。第一に、建築には発注者が存在する。施工会社があり、膨大な数の協力者や関係者がいる。建築家は、関係者のニーズや希望を取り入れて設計する。けっして自分の好みだけで設計することはできない。

建築設計は、対話から生まれるソリューションです。対話なしにはできませんし、対話が正しく深いほど、いい建築物が生まれやすい。スコラ・コンサルトの組織風土改革から学んだことの1つです。

当社の風土改革は今後もつづきます。私にとって、組織風土改革は永久運動、永久革命であり、終わりを迎えることはありません。さらなる成長に期待しています。