社員たちの飛躍的な成長を実現した風土改革
――三木常務は組織風土改革のスタート当初から、この活動に深くかかわってこられました。2017年に組織風土改革が必要とされた背景について、業界動向なども含めて詳しくお聞かせいただけるでしょうか。
三木さん:私は2008年に三井住友銀行から、安井建築設計事務所に出向してきました。当時は建設業界全体が厳しい状況で、さらに同じ年の秋にリーマンショックが起こり、2011年には東日本大震災の影響で軒並み業績が低迷しました。2015年前後からアベノミクスでやっと景気がよくなり、業界全体が回復してきました。
ただ、経営環境が改善しても、当社がうまく波に乗れるかは自信がない。2024年の創業100周年が意識され、「いまここで経営改革の手を打たなければ次の100年がない」という危機感があり、人事制度改革に取り組みました。
一方で、仕事が増えても人員確保ができないため、社内では長時間労働の問題などが起こりました。従業員で組織する社員会からも厳しい意見が出てきたんですね。ちょうど政府の成長戦略で、健康経営や働き方改革が進んでいた時期です。
社員の労働環境を整えて、働き方も変えなければいけない。当社の資産は人財ですから、社員にもっと寄り添った経営にしよう、業務改革を進めようと、経営陣はじめ全社的に意識するようになりました。働き方改革は政府の肝いりで進んでいますし、取り組まなければ就職希望者も集まってきません。
2017年3月には佐野社長がワークライフバランス宣言を出し、フレックス制度や在宅勤務の導入などの業務改革案が検討されました。ただ、その業務改革案はハードルが高く、社員の気質や考え方が変化しなくては実現できそうもないと、私自身は自信がなかったんですね。働き方改革は、社員たち全員が賛同して「そうなりたい」と希望しなければ進まない。私がそう考えていた頃、佐野社長から組織風土改革の提案がありました。

――組織風土改革が必要だと聞かれたときは、どのように感じられたでしょうか。
三木さん:プロパーでない私から見て、もともと当社の社風はわるくないと感じていました。社員に優しい会社ですし、お互い尊重しあえる職場環境があり、基本的に良好な人間関係が見られます。
ただ、私がいた銀行などに比べて、社員同士が会社の未来についてあまり語らない点は正直気になっていました。会社のあるべき姿とか、次の成長ステップとか、10年後20年後はどうしたいとかの話が聞かれないんですね。
個々の社員がどう成長するかの議論も、現場であまりされなかったのではないでしょうか。目の前の仕事に追われ、1つのプロジェクトが完了したら「無事に終わってよかったね」と満足する。基本的に、与えられた仕事を受け身でこなすことが多くて、自分から仕事をつくる、仕事を取りにいくということがもともと難しかったんですね。
仕事の進め方についても、意識改革が必要だと感じていました。時間管理でいえば、建築士にとって設計は好きな仕事ですから、いくらでも時間をかけてしまう。優れた建築物をつくるためなら徹夜も当たり前、自分の時間だからかまわないと思っている。仕事に没頭するのは素晴らしいことですが、長時間労働はやはりよくありません。優れた仕事のためならいくらでも時間をかけるという価値観で育った人は、管理職になると部下にも同じ働き方を求めてしまう。
働き方改革などが示す「会社のあるべき姿」からかけ離れると、世の中に受け入れられない会社になってしまう。社会に貢献できる力があっても、その力を発揮できない会社になってしまう。だから組織風土改革に取り組み、全社員の意識を改革して、組織力を強化していく必要があると考えました。
佐野社長から話があったあと、スコラ・コンサルトのオフィスを訪ねていろいろ話を聞きました。
難航した経営陣の価値共有
――スコラ・コンサルトの組織風土改革についてはどう思われましたか?
三木さん:対話を大切にするので、強引に変えさせるのでなく、うちの社風に合った風土改革ができるだろうと判断しました。当社はもともと対話の土壌があるのに、みんな忙しすぎて対話する機会がなかったんですね。社内の知見を共有するデータベース化などは進んでいる一方で、直接の対話は不足していると感じていました。

人間関係はいいのに、互いに相談しあったりアドバイスしあったりという場面が少ない。私は主に管理部門を見ていたので、設計部門も同じだろうと思っていました。業界の賞を受けたプロジェクトについて、もっと話し合わなければもったいないと。風土改革がはじまって現場メンバーと深くかかわるようになると、現場の状況がわかってその思いが一層強くなりました。
風土改革が進むと、対話を通してお互い何を考えているか、何に困っているかなどがわかってくる。隣の部署がやっていることも明確になり、横の連携がとれるようになりました。
――スコラ・コンサルトの説明を聞いたあとは、導入決定までスムーズに進んだのでしょうか?
三木さん:スムーズではなかったです。まず、役員たちに理解してもらうところで壁にぶつかりました。当社の風土はわるくないと全員が思っていますから「なんで風土改革やねん」と当然なるわけです。
第一に、よい風土だからといって問題がないわけではない。第二に、職人気質から強いこだわりがあるのもある意味では問題でもある。この2点を納得してもらうのが最初の課題でした。
しかも、組織風土改革について説明すると、どうしてもモヤモヤした話になりがちです。私自身、スコラ・コンサルトで最初に話を聞いたときは、ぼやっとした話だからすぐに理解できたわけではありません。役員たちに他社事例で説明しても「うちとは違う」と通じません。
役員のキックオフミーティングで最初に彼らが求めたのは「工程表を出せ」でした。設計会社だから、組織風土改革の活動も工程やスケジュールを明確にできると考えるわけです。設計図があり、工程表があり、作業分担があり、「いつまでにどうなるか」のマイルストーンやスケジュールがないとわかりづらかったのだと思います。
一方で「組織風土の改革は重要だ」と理解された方たちもいて、役員のオフサイトミーティングを重ねるうちに理解が広がったように思います。
役員会で当社のビジョンやミッションについて真剣に議論したのも、私は初めてのことでした。最終的に「人やまちを元気にする」というコーポレートメッセージが決まったのは風土改革の成果です。
ここから社員たちの活動が本格的にはじまり、組織風土改革は進みました。
――7年間の活動には数々の成果が見られます。三木常務が印象深いものは何でしょうか?
三木さん:まず挙げられるのは、優れた人材が育ったことでしょう。技術が好きで、なおかつ経営や組織運営に関心があり、自らやってみたいと意欲的な人材は、10年前にはほとんど見当たりませんでした。
とくにコアメンバーとして活躍した人たちは成長が著しかったと思います。たとえば「いい風土ベースキャンプ2020」での発表。コアメンバーはまだ十分に経営を理解したとはいえませんが、本質的な課題をしっかりと組み上げて発表したのはすごいことです。経営陣は課題を突きつけられてアクションを迫られた形で、同様のプレゼンは4年つづいています。
課題の1つは上層部、管理者層の風土改革です。プロジェクトのマネジメントでなく、組織のマネジメントという感覚はなかなか浸透しない。その意味で、2020年にはじめた部長研修や副部長研修は、組織マネジメントの必要性を自覚し、どう体現していくかを考えてもらう場となっています。
現在の取り組みは、これからの100年の組織づくりや人材育成につながるはずです。育成については、技術者からコーポレート部門に転換した石﨑が担当しているので、今後はさらにしっかりとした人材育成の仕組みを構築してくれることを期待しています。
組織風土改革は一過性で終わっては意味がありません。どのようにして継続的に改革を維持していくか、また次世代のコアメンバーをどう育てていくかは目下の課題です。
正直なところ、私自身はまだ現状では不十分だと感じ、さらに先へ進めないと次の100年はないと思っています。より一層努力して、組織風土改革を進めたいと考えています。
