深刻な離職連鎖に歯止めをかけ、組織力を高めた組織風土改革

――組織風土改革がスタートした2017年7月当時、東京事務所長だった村松現副社長は、当時の状況をどのように捉えていたのでしょうか?

村松さん:私はまだ副社長になる前で、東京事務所長になって4年目の頃ですから、正社員が現在より50人ほど少なく150人を少し切る規模でした。あの頃はちょうど、35歳より下の有能な社員が相次いで会社を辞めることがつづき、組織的な問題・課題があると強く感じていた時期です。

若手の離職がつづいた背景には、業界動向の影響もありました。当社はもともと業界内では離職率が低いことで知られた会社です。ただ、2000年代から2010年代にかけてアトリエ系の設計事務所が台頭し、有名建築家が大きな仕事を手がけるようになりました。以前は、当社のような大手設計事務所やゼネコンの設計部門が担当してきた大規模プロジェクトにもアトリエ系事務所が参入してきたわけです。彼らは社会やクライアントのニーズを的確につかみ、注目される建築デザインを提供するようになりました。私自身も20代の頃にアトリエ系の設計事務所に5年ほど務めた経験があるので、大きな変化だと思いました。

若い社員は情報や変化に敏感ですから「自分たちも社会に影響を与えるチャレンジングな仕事がしたい」と会社に提言したこともありました。しかし事務所マネジメント層は「着実に仕事を得て、着実に取り組むべき方向」という考えでしたから、前向きな優秀な社員ほど、根本的なギャップを知って辞めていく。大きな痛手だったと思います。

やや保守的な経営スタイルは、当社が100年間に築きあげた歴史的な伝統とともに確実に仕事を得て、進める組織風土にもなっていました。設計はクリエイティブな仕事であるにもかかわらず、自らはなかなか動かないという体質です。指示があればすぐ実行するのに、自ら新しいことにチャレンジする姿勢は弱く、ストーリーを描くのは苦手という傾向がありました。

とくにこの点が組織的な課題だと認識していたので、何か手を打ちたいと考えていました。

――活動がはじまる前から、組織風土の課題という認識だったのでしょうか?

村松さん:いえ、活動を通してわかってきたことです。キックオフ前にスコラ・コンサルトのプロセスデザイナーがヒアリングにこられたときの会話は印象に残っています。東京事務所の状況について質問され、こちらの答えにプロセスデザイナーが意見を述べる。正直なところ、「何を言っているんだろう?」と戸惑いました。私自身がまだ組織風土について深く理解できていなかったからです。あとになって、どれも的確な指摘だったとわかってきました。とくに「会社をよくするのは自分たち以外にいない」という考えは、確かにそうだと思いました。

だから、プロセスデザイナーから最初に風土改革について説明を受けたとき、役員の多くが「コンサルタントから風土改革の指導を受ける」という姿勢で、理解にギャップを感じました。コンサルの指示に従って、組織風土を改革する、という認識にどうしてもなってしまうわけです。自分たちが考えて組織を立て直す活動であるということがなかなか理解できない。私は事前に理解していたので、役員間でも会話が噛み合わない印象がありました。「御社は何が得意ですか?」「何をめざしますか?」と問われて、みんなが黙ってしまう場面もありました。このようなところからも、プロセスデザイナーは経営層の問題をいろいろ感じとったのではないでしょうか。

説明されて理解したというより、オフサイトミーティングを実践していくことで、風土改革への理解が広がったように思います。

――いくつかあったコーポレートメッセージの中から「人やまちを元気にする」という言葉を役員オフサイトで風土改革の正式なテーマとして設定し、2018年に入ってから各階層のオフサイトミーティングや研修がはじまりました。どのようにご覧になっていたのでしょうか?

村松さん:若手社員が自由に発言できる場をつくり、奮い立たせるようなアプローチは正しかったと思います。若手主体になると、各層の活動が自走しはじめたと感じました。とくに30歳前後の主任クラスが自主的に動きだしてから、実質的な成果が出てきたところがあります。

若手は自分たちだけで成果が出せるか不安があるので、周りの人を巻き込む。若手らしい動き方で活動がタテにもヨコにも広がっていく。ポジションが高い人たちでは、そのような広がりはなかったかもしれません。

最終的には、組織全体がボトムアップしてきたと思います。活動前のように上層部に指示された方向だけに進んでいたのでは、組織全体の成長に限界がありました。

ボトムアップに変化したことで、若手社員を活かして組織の成長を促す流れができた。上層部の理解も少しずつ進み、若手が自由に活動できるようになったと思います。たとえば、全社的な100周年記念事業でも、若手社員の力をうまく活用していく姿勢が見られました。

組織風土改革の成果

――7年間の活動を振り返って、組織風土改革の具体的な成果や組織の変化を実感した出来事、ターニングポイントと呼べる出来事は何があるでしょうか?

村松さん:ターニングポイントはいくつもあります。

まず、100周年を機に東京事務所が2024年1月に移転したこと。新オフィスには、風土改革の成果が反映されている部分があります。

あるいは、新入社員の研修方法を改め、事務所全体で育成する動きが出てきたこと。よい人材を採用するためにリクルート用の動画を社内で制作したこと。若手社員が提案したもので、絵コンテを描くなど自分たちで手作りしています。

「人やまちを元気にする」をテーマに社内の意識向上を図るプロジェクトも一つです。役員にも協力してもらい、「自分たちの強みは何か?」と問いながら組織全体で進めました。役員オフサイトでコーポレートメッセージを「人やまちを元気にする」に決めたことは、会社が進むべき方向を示した点で大きかったでしょう。

ただ大阪に比べると、東京事務所はコーポレートメッセージの広がりがまだ少し弱いかもしれません。

人づくり、まちづくりは重要なテーマです。新オフィスを構想する際も、その点は強く意識しました。プロジェクトごとに見ていくと、設計のプロジェクトマネジャー(PM)クラスは、まだその視点にたどり着けないことが課題の一つで、非常に難しいところです。

――2021年に村松さんが副社長に就任されたことも大きなターニングポイントではないでしょうか?

村松さん:先ほど話したように、役員会にはどうしても保守的な面やネガティブな面があります。少し柔らかくする必要があるので、肩を揉む役目みたいなことを3年間つづけてきました。

少人数で話すときはみんな柔らかいのに、15人ほど集まるとどうしても堅くなってしまう。場の雰囲気というのは重要だと思います。

以前は、報告中心になりがちだったのが、最近は問題点をオープンに話し合う意識が芽生えてきたと思います。さらに柔軟な環境をつくる必要はあると感じています。

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