東京事務所 環境・設備部長 伊藤 圭一さん
伊藤部長は2019年から本格的に参画し、設計部が中心だった活動を広げコアメンバーが拡大した時期の“第2期メンバー”にあたる。活動参画時は主幹の立場だった。
「業務で忙しい中でせっかく時間を割くのだから、意地でも結果を出すぞ!と思って毎回参加しました。はじめはみんな自分目線での不平不満を並べ立てるけれど、体系的に何が問題なのかはなかなか見えていません。だから、それを見える化しようと、事務所全体の業務タスクとその責任者と主担当者を明記した『役割責任表』をメンバー間で確認しながら作成してみました。壮大な表が出来上がる過程で、3つの重要課題をあぶりだし、次に『課題表』を作成して経営陣に提出しました。いかにして全体を俯瞰した中で自身の立ち位置を把握し、当事者意識を持つかが重要であると考えました」
東京事務所 構造部長 安田 拓矢さん
安田部長は、伊藤部長と同様に2019年からコアメンバーとなった。
「当時、東京事務所では設計図に不具合が多発し、“バケツの穴問題”と呼ばれていました。建築物の瑕疵になりかねないケースもあるのにチェック体制が弱く、バケツのあちこちに穴があいて、上司がその場しのぎにテープを貼って塞いでいるようなものでした。上司に叱られるから不具合の報告が遅れて、対応がさらに難しくなる。バケツの穴が頻発するのは、個人の問題でなく、しくみの問題です。リスクマネジメント、スキル管理、心理的安全性など組織的な課題がいくつも重なった結果。難しいのは、スキルやキャリアによって穴の見え方が違う点です。いろんな課題への議論を通して部長同士の横のつながりが増えたことは今後にも繋がっていくと思います。」
東京事務所 設計部長 辻 昭憲さん
辻部長は、部長層や実務リーダー層のオフサイトミーティングなど、自主的に階層を超えた場に参画した。活動スタート時は部長だった。
「管理者層は、自分ではマネジメントしているつもりでも、実は十分にできていないと気づかされたと思います。設計の仕事は既存の優れた建物を見れば勉強できるのに対して、マネジメントはほとんどお手本がない。自由度が高いだけにロールモデルが必要ではないか、というのが現在の課題です。中堅、若手にとっては、近視眼的でなく、遠くに目線をむけることができるきっかけになったと思います」
東京事務所 設計部 主事 杉木 勇太さん
初期の実務リーダー層オフサイトミーティングに参加したコアメンバーで、東京事務所移転新オフィスの社内コンペで優秀賞となったチームのリーダー。移転プロジェクトが多忙になったことで、コアメンバーの活動は途中から参加できなくなった。
「設計者として自立していたいという思いが自分にはあって、そういうマインドの人が集まっている集団がクリエイティブな状態だと思うんですね。コンセプトボードに示したテーマは、実は自主性です。もっと自主性のマインドをみんなで持とうよと提案したつもりです。だから、ハードのデザインにはこだわっていません」

安井建築設計事務所 東京事務所「美土代クリエイティブ特区」が2025年度グッドデザイン賞受賞

東京事務所 設計部 主幹 吉岡 駿介さん
吉岡主幹は、活動がスタートした2017年、社員会会長を務めた。社員会として環境改善の5カ年計画を会社に求めた。
「風土改革に期待して、積極的に活動しました。オフサイトミーティングでは自分より上の管理職層から、下の20代社員まで幅広い意見を聞けたことが貴重でした。若手の社員たちは、学生時代にトレーニングしてきたのか、プレゼンが非常にうまいことに驚きました」
元大阪事務所・現東京事務所 設計部部長 清原 健史さん
2017年の活動スタート時は大阪設計部でプロジェクトの主担当を務め、多忙を極めていた。社会的にも高い評価が得られる建築を設計したい一心で、自分の担当プロジェクトに邁進していた。
「優れた作品のためなら時間をかけ、徹夜も当たり前でした。政府主導で働き方改革が叫ばれた頃は、正直なところ自分には無理だと考えていました。ただ、自分の働き方には漠然とした行き詰まり感があったので、忙しい中でも活動に参加しました。スコラさんの支援は、開発手法や業務改善のコンサルティングとは違って、僕たち自身があるべき姿を描き、活動内容を考えていくところに重点が置かれます。答えを急いでも意味はないと気づくまで、3年ほどかかったように思います。ただ、組織の問題を考えたり話し合ったりすることは非常に有意義だと感じていました」
2022年には東京事務所の設計部と兼務になり、24年4月に東京へ異動した。大阪と東京で組織風土に違いがあることを実感したという。
「入社からの20年間はずっと大阪でしたから、40歳を過ぎて異動になるとは考えていませんでした。ただ、異動により大阪と東京の2つの組織風土に身を置いたことは貴重な経験になりました。仕事の進め方やマネジメントは大阪と違って当然で、大阪にも東京にもそれぞれ強みと弱みがあるとわかってきました。活動がスタートする前は、設計者として自分の作品を第一に考えていましたが、現在は組織の状況を捉え、周りの人が高い成果を出すことによろこびを感じるようになりました。若い頃を知る後輩からは『風土改革ですごく変わりましたよね』とからかわれます」

最後に
風土が変わるとは、その組織の考え方や価値観、思考行動様式が変わることです。組織風土は、マネジメントのし方、意思決定のプロセスや決め方、日常の仕事の進め方に表れます。
コアメンバーは活動スタート時に「自分たちの手でもっといい会社にしたい、もっといい仕事ができるようにしたい」という強い想いを抱きました。いい仕事をするためには、現在の進め方や常識を見直し、部門連携やプロジェクトチームのありかたについても問い直す必要があります。
中心となったメンバーは7年間の改革を通じて、自分たちがめざす方向性、仕事の考え方や価値観を言語化し、いい仕事の流れを見える化し、ハンドブックという媒体に残しました。
また、彼らは自部門やチームで仕事の進め方を見直し、試行錯誤を繰り返しました。「ハンドブックを作ったら終わり」とならないように、新入社員研修での活用をはじめとして、石﨑紫乃さんが責任をもって社内のしくみに取り入れています。石﨑さんは環境・設備部の現場から、風土改革の全体事務局機能と人材育成や教育体系を担う部署に異動し、悩みながらも仲間に支えられて活躍しています。
活動初期から深くかかわったメンバーは、自分の部署やプロジェクトで取り組み成果を活用し、内容を見直しながら、使いつづけるための行動を起こしました。ただ一方で、途中から事務局に加わった高田さんと秩父さんが、これからの活動に向けて問題提起をしてくれました。もっと多くの社員が活動にかかわり、参加できる場の環境やしくみをどう整えるか。この点については今後の課題として残っていますが、コアメンバーが育ち、各階層の役職ポジションに配置されていることから、彼ら自身が日常の仕事の中でのマネジメントで実践することや、会社としてこういった環境としくみをつくり続けることが必要です。
風土改革は、ありたい姿を具現化するための思考行動様式の変容です。将来にむけて日常のマネジメントでありたい姿を体現できる次世代リーダーを育て、増やしていくことがとても大切です。
たとえば、2024年に大阪事務所から東京事務所へ異動した清原さんのケースでは、最初はマネジメントに興味はなかったものの、活動に参画することで「自分は組織マネジメントに興味があり、風土改革の活動に向いている」と気づきました。そして、大阪だけではなく東京の組織課題も自分事として捉え、結果的に東京の組織改革に加わることになりました。
人は多様な意見を聴く経験を重ねると、情報に対するアンテナが立ち、感度が高まります。オフサイトミーティングのように、ありたい姿や組織課題を根本から考える場は、ある意味“答えがない問い”と向き合うことになり、自分たちで考えて答えを創りだす力が身につくのです。
これから会社の未来を担うリーダーが育つ環境として、答えのない問いと向き合う対話の場やしくみをどのようにして残していくか。これからの100年を迎える組織風土を醸成するうえで最後の〆として重要なテーマです。
清原さんは積極的に活動し、コアメンバーの中で存在感を高めていき、周囲の状況をよく見ながら活動を推進できるサポータータイプであり、ボトムアップマネジメントに優れていると評価されていました。組織を改革するために東京に異動をすることは今までの人事ではありえなかったことですが、経営の本気度が社員にも伝わるきっかけにもなりました。
風土改革の最も大きな成果は、自ら考えて動く人が育つということです。その人たちがいなくなれば風土が戻ってしまう可能性もあります。しくみや環境づくりは最後の仕上げとしてとても重要です。
人事評価や制度に新しい価値観や考え方を取り入れると、マネジメントの役割や責任、成果の基準が変わる可能性があります。人が育つ環境やしくみをどのように残すかは、会社によって異なりますが、ソフト面(考え方・価値観)とハード面(制度・しくみ)の両面で改革を進め、最後は新しいソフト面を反映したハードに落とし込むことが大切です。
