ミッションは形骸化したのか
岡崎:技術革新部では、一般社員の有志が個人のミッションを定める取り組みを進め、一方でGMとEEの皆さんで部門のミッションを見直す活動を進めました。
この取り組みは「ミッションに魂を入れる」という意味で、とても重要だったと思います。残念なことに、世の中には苦労してミッションを策定しても、魂が入らないケースが少なくありません。同じ悩みを抱える方たちにとっては、参考になる好事例だと思います。
まず、当時の部門ミッションについてうかがうと、みなさんはどのように認識されていたのでしょうか。
枦山さん:ミッションを見直すと聞いたとき、正直なところ「またか」と思いました。部門ミッションの見直しは、過去にも何度かあったからです。
ミッションは「決めたら終わり」になりがちです。メンバー側は「ああ、上の人たちはそう考えてるのね。でも、われわれの現実とギャップがあるなぁ」と受けとめることが多い。だから、また同じことにならなければいいなとマイナスから発想していました。
内田さん:以前のミッションは、技術革新部となる前の部門の時に、リーダークラスが検討して策定しました。10年ほど前のことです。
その後、組織再編によって技術革新部になっても、このミッションは受け継がれます。毎年4月の年度初めに掲げられ、部門の全員で確認する。しかし「4月のキックオフで見るだけのもの」になってしまい、形骸化したのが実態だと思います。
当時は「このミッションは不変」と説明され、つづいて年度方針が発表されていました。「ミッションは本当に変わらないものなのか?」といった疑問が起こるのは当然のことです。

松浦さん:3人は当時のミッションを否定的に捉えていますけど、私は見方が違うので同意しませんでした。私は技術専門職として、年度初めに自分で目標を設定します。
毎年の目標は、当社のグローバルに展開するすべての活動の礎である「ブラザーグループ グローバル憲章」や、技術革新部のミッションに紐づいたものです。つまり、自分の目標を達成すれば、必ずグローバル憲章や部門ミッションに適うことになると言えます。
もしミッションに適わないのだとしたら、それは目標の立て方が間違っている。自分のスキルだけを見て、いまの自分にできることを設定した目標では、会社が求めることには当てはまらない。本来スキルというものは、目標を達成するために必要に応じて身につけていくものだからです。
だから「ミッションが形骸化している」という意見には驚かされました。もともとのミッションにもよく読めば重要な方針が示されているし、ちゃんと目標設定にも使える。それを私は身をもって知っています。
しかし「形骸化している」と多くの人が認識しているなら、ミッションとしてよい出来とは言えなかったのでしょう。組織に浸透して活用されることがないわけですから。
ただ、新しいミッションを策定しても、実際の活用のプロセスが更新されなければ、同じことです。またお飾りとなって、形骸化する恐れがあります。そんな結末の議論では、参加する値打ちがない。だから私は、3人の議論に対してちゃぶ台をひっくり返すようなことをよく言いました(笑)。
岡崎:ミッションの見直しを検討した頃から、松浦さんは「突き詰めて、自分がやりたいことをやるべきだ」と終始一貫していましたね。「頭で考えるより、まずやってみる、動くことが大切だ」とも話していました。
枦山さんは立ったり座ったりしながら考えをめぐらし、自分が思ったことを紙に描くときもすごく悩まれていた。みなさんは視座が高いし、思考は深いから「自分は何がやりたいんだ」と突き詰めているように見えました。非常に緊張感が高い、いい雰囲気が印象に残っています。
他人の話を聞いて「自分はどうだろうか」と思考がぐるぐるめぐった時間だったのではないでしょうか?
内田さん:あんなふうに、真剣に話しあうことはありませんからね。いろいろ考えていることは知っていましたが、「ここまで突き詰めていたのか!」と驚くことも何度かありました。
松浦さんが言うように、当時のミッションもよく読めばしっかり書いてある。読み方や使い方の問題だということもわかりました。

だから、当時のミッションを否定するのではなく、時代に合わせて表現を変えるなどのブラッシュアップが必要だという結論になりました。ミッションだけでなく、ビジョンとバリューも加えてMVVの3つにしたほうがわかりやすい。簡単にいえば、ミッションは「組織の存在意義」、ビジョンは「ミッションを果たしたら到達する姿」、バリューは「大切な価値観」です。

枦山さん:ミッションとビジョンについて、私は「なぜ自分がこの会社にいるのか」を語ったように思います。語るなかで「一芸のある変わった人」が活躍できる会社がいい、という想いが言語化できました。そういう人が組織のなかで埋もれて活躍できないのは損失だと思ったからです。
たしか最初は、ただ「変わった人」と表現していました。しかし、何か足りないと思って「一芸のある」をつけたんです。
岡崎:ブラザーさんは本当に「一芸のある変わった人」が目立つので、すごくおもしろい会社だなと思います。みなさんの対話を通じて「ブラザーらしさ」が理解できました。
MVVの検討に入る前、2024年2月から3月にかけて「部門ミッション・ビジョンを語る会」が開かれました。当時のミッションについて、部門内の意見を募る場です。

家﨑さん:あの語る会は「どうもスッキリしなかった」が正直な感想です。すごく悶々としました。
なぜかといえば、自分の捉え方と周りの捉え方にギャップがあり、「ああ、その視点からは見ていなかった」と気づかされたからです。たとえば、先ほど松浦さんが話した「ミッションをどう使っていくか」も1つで、「毎年キックオフで見るだけの形骸化したもの」という自分の認識が、偏っていたのかもしれないと。
だからMVVをちゃんと整理し、みんなに伝わる形にする必要はあると思いました。ただ、語る会の時点では、まだ浸透のさせ方や使い方についてよくわからなかったですね。
内田さん:考え抜いて語った結果、自分の話を相手がどう受け止めるか、他の人たちと解釈にどれほどギャップがあるのか、などを知ることができたのは収穫でした。また、ミッションへの意見を通して、人となりがわかるんですね。貴重な体験だったと思います。
浸透活動で見えた多様な反応
岡崎:MVVは2024年の夏に最終決定し、部門内で共有されました。事務局の方たちが企画して浸透活動も実施されました。
家﨑さん:浸透活動は大切です。私はまずメンバーの反応を見たかったんですよね。
できるだけ所属がバラつくように少人数のグループに分け、私たちがファシリテーター役で入りました。参加者はそれぞれ気に入ったバリューを1つ選び、自分の仕事にどう活かすかを語ってもらいました。

受けとめ方は驚くほど多様でした。50歳以上のベテランは、バリューを見て「そうだよね。わかるわかる」と納得している。一方、若手社員は「すごくレベルが高いことを求められている」と困惑の表情を見せる。「これはバリューじゃない」という意見もありました。反応は本当に十人十色ですから、どのように向きあえばいいのか、と緊張しながら対話しました。

内田さん:語る会では、直接の上司部下でなく、斜めの関係で対話する場をつくりました。私は3グループの方と話したとき、異なるバックグラウンドによって着目するポイントがまるで違うことに驚きました。多様な反応を目の当たりにし、同じ方向をめざすにはどうすればいいのかと私も考えました。
枦山さん:語る会のあと、ベテランのメンバーからの意見にハッとしました。彼ら世代は上から言われたことであっても斜めに見ることができるし、「ここが足りないんじゃないか」という俯瞰した見方もできる。一方で、若い世代は「自分たちに比べて素直に受け止めるのではないか」ということでした。
他グループのメンバーに「上司にはなかなか相談しづらくて……」と前置きにされることもありました。私の部下たちも同じでしょう。斜めの対話が果たす役割を感じました。
松浦さん:できあがったバリューは使いやすいと思います。どんな仕事にも通用する内容で、たとえ組織やミッションが変わっても、このバリューを武器に戦えます。全員がすべてを使いこなす必要はありません。自分が気に入ったもの、自分にあったものを活用すればいいんです。
語る会は、みんなに腹落ちしてもらう機会だから、うまく進んでほしいと見ていました。
岡崎:MVVに魂を入れる浸透活動として成功したと思います。貴重な取り組みなので、参考にする企業は多いと思います。私たちも学ぶことが多くあり、今後の糧になりました。本日はありがとうございました。
