佐藤取締役インタビュー

「頭のなかを耕す場」の設定

――佐藤さんが今回の活動を提案されたのは、伊藤社長が就任された2024年でした。どのような目的と背景があったのでしょうか。

佐藤さん スコラ・コンサルトさんの手法は、以前から知っていました。1998年に柴田昌治さんの『なぜ会社は変われないのか』という本を読んで、社会人になってからそれまで感じていたモヤモヤがほどけたような気がしました。他の著書もほとんど目を通しています。

スコラ流の風土改革は、いつか実践してみたいと機会をうかがっていました。新社長が就任するとすぐに人事部長が「役員合宿をすべき」と提案、私も強く同意したものの、それを実施するならスコラしかイメージが湧かなかったため、最初からセットで伊藤社長に提案しました。最初の説明は問題意識と方向性だけの、わりと雑なものだったのに、伊藤さんは二つ返事でした。なによりも社長自身が、取締役がひとつのチームにならなければいけない、という問題意識を強くもっていたことが、最強の推進エンジンとなりました。

――活動目的はどこに置かれていたのでしょうか。

佐藤さん ひと言でいえば、「利益代表をやめよう」です。取締役は担当領域の利益代表になりがちで、他の役員から領空侵犯されたくないし、自分もしない、という空気がある。担当領域の利害を代弁することが仕事になってしまう。これでは会社全体として到底正しい判断はできません。会社全体として何が正しいかを議論できる経営チームになるべきだとかねてから考えていました。

社内では「研修」と呼んできましたが、私にとっては違います。「頭のなかを耕す場」です。答えはもちろん問いも与えられるものではないことや、自らの思考の癖や言動の癖がおのずとあることにお互いが気づき、各々が内側から変わっていく時間を共有すること自体が目的でした。

ジブンガタリの効果を確認

――第1回は1泊2日の合宿形式で実施されました。事務局として、どのような準備をされましたか。

佐藤さん 最初の合宿は期待以上の成果がありました。事前に事務局のスタッフから「私たちはいないほうがいいですよね」といわれ、たしかにそうだと同意しました。もし事務局スタッフがいたら、ジブンガタリで涙を流すような場面はなかったかもしれません。私自身も涙が出ました。あの純度を保てたのですから、事務局スタッフの判断が正しかったと思います。

湘南国際村という場所も重要で、会社の会議室ではあの空気は生まれません。会社から遠い逗子の山の上という非日常の場所だから非日常の体験になる。お金と時間をかける意義があると思いました。

――活動の初期、とくにお互いの原体験を語るジブンガタリは重要ですね。

佐藤さん 柴田さんの著書では理解していましたが、ジブンガタリって、こんなに効くんだなと驚きました。あと、他のメンバーにはもっと嫌がられると思っていたんです。ところが、一番嫌がりそうな人が率先してやってくれました。トップバッターが真剣にやると、周りも「俺もやるか」という空気になる。驚くほどお互いの印象が変わりました。誤解や固定観念がいとも簡単に壊れた印象です。「この活動は成功した」と第1回で確信しました。

プロセスデザイナーの若山さんと藤城さんによる「ゆるめの進行」もよかった。おふたりの力の抜け方が場を拓いたんだと思います。

活動オーナーの役割と手応え

――第2回では経営会議シミュレーションを実施しました。実際の経営課題を取り上げ、深い議論を試みるものです。狙いどおりに進んだのでしょうか。

佐藤さん 初めはやはり自分の担当領域の視点で話す場面が目立ちました。長年の癖ですから、無意識にそうなる。でも回数を重ねるうちに、「いま自分は全体の視点で話しているか」という問いが自然と立ち上がってくるようになった。変化の兆しが、確実に出てきたと感じています。

伊藤社長が果たした役割も大きかったと思います。事務局の私がうまく言葉にできないことを伊藤さんが言語化し、参加メンバーに伝えてくれました。活動オーナーである伊藤さんの理解と思いが深いからこそ、狙いどおりの成果が出たのだと思います。

――簡単には変わらない部分もあるのでしょうか。

佐藤さん もちろんあります。長い時間をかけて身についた癖は、簡単には抜けない。頭ではわかっているのに、次の瞬間に担当領域の論理で話してしまう。しかし「会社全体として正しいかどうか」を基準に考える癖は少しずつ根づきはじめている。間違いなく手応えはあります。

会社はどこへ向かっているのか

――2018〜2021年頃にかけて、エース級の社員が相次ぎ離職したとうかがいました。当時、何を感じていましたか。

佐藤さん エース級社員が辞めるというのは本当に大きな損失です。辞める前に相談を受けたこともありますし、飲みに誘って話を聞いたこともあります。本人たちもうまく言葉にできない。給与や待遇といった直接的な理由ではない「何か」がありました。でも、誰も説明できなかったんですね。

――「何か」を見極めることはできたのでしょうか。

佐藤さん ボートのコックスの体験と比べたときにしっくりきました。ボートでは漕ぎ手は後ろ向きに漕ぐので、進行方向が見えない。唯一前を向いているのが最後尾にいるコックスです。私は高校時代にボート部でコックスでした。

漕ぎ手は「どこに向かうのか」が示されないと不安になる。ところが当時の経営スタイルは「漕ぎ方が悪い」「もっと一生懸命に漕げ」と指示するばかりで、どこへ向かうかは示されなかった。とくに長期プロジェクトに携わる社員には、遠くにめざすべき光が見えなかったんだと思います。仕事が苦しいこと自体は我慢できるが、何を目指してのこの苦しさなのかが仲間で共有できていないことが本当の苦しみだ、と。

――離職の問題が解消されていくきっかけは何だったのでしょうか。

佐藤さん 最も効果があったのは2024年度に策定し翌25年にスタートした「パーパス」だったと思います。多くの社員が自分事として関わった策定プロセスがまずは大きかったわけですが、そのあと社長やコアなメンバーたちが当社のパーパスを繰り返し語ったことで、辞める人は目に見えて減りました。会社の存在意義やめざす方向を社長が頻繁に語るようになると社内の空気は変わります。いま設計に取り組んでいる建物、竣工した建物にどのような意義があるのか、会社はどこへ向かっているのかを言葉にして伝えたことで、社員の気持ちが自然と前へ進むようになったのだと思います。

「振り出しに戻る力」と向き合う

――全6回のプログラムを終えて、率直な手応えをお聞かせください。

佐藤さん 第1回の合宿から大きな手応えがあり、成長が実感できました。ただ、日がたつにつれて、悪い癖が再び見えてきた。担当領域の論理が顔を出す。本能的にというか、無意識に忖度したり利益代表となってしまう。長い時間をかけて身についた癖は、6回ぐらいの活動では抜けきれません。

――活動が終了し、振り出しに戻ることを警戒されているわけですね。

佐藤さん 半年かけて6回の活動に取り組んでも、なかなか定着しないのは現実だと思いますが、かといって期待どおりの成果を得られなかったわけではありません。言ってみれば「もしこの活動をやっていなかったらと思うとぞっとする」という感覚です。だから、本当にやってよかった。ただ、まだ一歩を踏み出した段階ですから「高い成果が得られた」と胸を張るのは違うと感じています。

次世代の経営層にどうつないでいくか

――スコラ・コンサルトの支援について、どのように評価されていますか。

佐藤さん 伴走スキルが飛び抜けていると思います。議論が迷子になったときに論点をシンプルに整理するスキルは正直、まだ真似できない。若山さんと藤城さんの進行は力が抜けているのに本質を外さない。あのコンビネーションがあったからこそ、取締役同士の関係性が変わりはじめたのだと思います。ただ、いつまでもお世話になるわけにはいきません。自分たちで考え、自分たちで問いを立てる力が必要だと感じています。

――今後の課題としては何があるでしょうか。

佐藤さん 次世代の経営層に、「頭のなかを耕す」取り組みを広げていきたい。「やらせる」「ひきつぐ」ではなく、「巻き込み」たい。自走できるイメージはまだ正直なところ湧いていません。スコラHPにある他社事例を見ても、簡単なことではないと思っていますが、「巻き込んで」いけば、みんなでどうにかやれると感じています。

――経営陣にとって新たに取り組んでいるテーマはありますか。

佐藤さん 「逃げられない問い」と向き合いはじめたことです。たとえば、サービス残業禁止を就業規則に明記するという提案に、反対意見が出ました。しかし結果的には皆で議論して通した。長年スルーしてきた問題が表面化したとき、逃げずに向き合える土壌が少しずつできている。これも風土改革で得られた成果のひとつだと思っています。