植松取締役インタビュー

本音を語り合える場への期待
――御社では取締役メンバー全員で、約半年にわたる全6回の風土改革プログラムに取り組みました。最初に活動内容について説明を聞かれたとき、どのような印象を受けたでしょうか。
植松さん 初めに説明を聞いたときから、素晴らしい取り組みだと思いました。取締役陣がふだんの業務から離れ、対話の時間をもてることがまず貴重だと感じたからです。具体的にどんな場になるかはわかりませんでしたけど、経営会議とは違うところで取締役が集まり、じっくり話ができるだけでも十分に価値があると楽しみにしていました。
――植松さんが有意義な活動になると期待されたのは、なぜでしょうか。当時の取締役会に感じていたことや背景をお聞かせください。
植松さん 取締役の間で意思疎通があまりできていない印象はありました。たとえば経営会議は、意思疎通の場ではありませんでした。経営上に必要な事柄を決定するために開かれる。意見を言うことはできても、以前は、お互いの考えをぶつけ合うような感覚がないので議論が返ってきませんでした。報告、承認といった儀式的な面もあります。
お互いの感情も含めて、もっと深いコミュニケーションは必要だろうと以前から感じていました。
業種の構造的な事情もあります。鉄道や建設は万が一の誤りがあってもいけませんから、命令系統が明確で軍隊風の組織に近くなる。トップが決断したことは何が何でも実行する。取締役、執行役員といっても、社長以外はみんな中間管理職みたいなものです。
そのような組織風土で長くキャリアを積んでくれば、取締役になったからといって行動は変えられない。飲み会で話す内容も、担当領域の問題とか個人的な趣味とかばかり。「わが社の経営はこうあるべきだ」と真正面から議論する時間はなかなか取れません。そういった意味で、今回、取締役全員が集まる場で対話するというのは非常に重要で大きな意味があると思いました。
ジブンガタリで信頼を構築
――第1回は湘南国際村での1泊2日の合宿形式で実施され、「ジブンガタリ」からスタートしました。自分の生い立ちなども含めて一人ひとりが原体験を語り合っていく場です。実際に参加されて、印象に残ったことはありますか。
植松さん ジブンガタリは期待以上でした。一人あたり30〜40分ほど話し、それでも時間が足りない人が出てくるほど、みんな熱を込めて語っていました。何十年も一緒に働いてきた仲間でも、「そういう過去があったのか」「そこまでは知らなかった」という発見が次々と出てきました。
とくに印象的だったのは、ある役員が語りながら涙を流した場面です。ふだんはどちらかというと強面で、議論でも強く出るタイプの人でしたから、あの姿には本当に驚きました。初日の終わり頃でしたが、あの瞬間に場の空気が一気に変わった。あの涙がなかったら、全員の距離が縮まるのに時間がもっとかかっていたと思います。
――ジブンガタリによって、対話の質が変化したのでしょうか。
植松さん 大きく変わりました。相手の価値観や背景を知ったうえで話しますから、意見がぶつかっても建設的なやり取りになる。距離が近くないと遠慮が生まれて本音が言えなかったり、逆に遠慮なしに言うと反発に変わったりするんですね。ちゃんと聞いて、ちゃんと言い返せる関係をつくるには、まずお互いの人間性を知ることが大切だと実感しました。
夜の懇親会も、ふだんとはまったく違う空気でした。業務の話や趣味の話で終わりがちな飲み会とは別もので、自然と会社のことや経営のことに話が向かっていく。あの合宿で、役員同士の距離がぐっと縮まった感覚はたしかにありました。
中間管理職のOSから経営者のOSへ
――議論を重ねるなかで、ご自身の意識に変化はありましたか。
植松さん 「わかっているつもりが、全然わかっていなかった」と痛感しました。中間管理職向けの研修は過去に散々受けてきて、自分なりに経営のことはわかっているつもりでいたんです。でも実際は、目の前で起きている問題にその場しのぎの対策を打つだけで、根本原因まで掘り下げて考える習慣がなかった。自分が担当する本部で最適解を出すことばかり考えて、「会社全体としてどうか」という視点で物事を見ていなかったんですね。社長以外はみんな中間管理職みたいなものだと、私はよく言ってきましたが、自分自身もまさに中間管理職のOSで動いていたんだと気づかされました。
この活動は、自分たちの考え方を経営者のOSに入れ替える作業だと思います。
――議論の場での関係性にも変化がありましたか。
植松さん 私は課題感をぶつけ続けましたが、最初は黙り込まれることも多かった。ただ、回を重ねるうちに、少しずつ聞いてもらえるようになってきた。黙られるより言い返してもらえるほうがずっといい。意見がぶつかるということは、それだけ真剣に向き合っている証拠ですから。以前は自分の本部のことしか考えていなかったのが、他の本部の課題も「会社全体として正しいか」という視点で一緒に考えられるようになってきた。この変化には、自分自身が一番驚きました(笑)。
エース級が離職する問題の本質とは
――活動を通じて、直視してこなかった課題に向き合えるようになったとうかがいました。どのような課題があったのでしょうか。
植松さん 重大な課題のひとつは、長期の大型プロジェクトを担当するエース級の設計者が複数辞めてしまっていたことです。経営の機能不全だったと思っています。
大規模開発は注目度が高く、いわば花形の仕事です。しかし、現場の負荷は尋常ではない。高負荷に見合う体制を整えられないまま、優秀な人に頼り切りになってしまった。以前の自分なら「みんな忙しかったから仕方がない」「辞めるだけの事情があったのだろう」と個別の問題として片づけていたかもしれません。でも、「なぜ会社として支えきれなかったのか」と経営問題として向き合うべきだと考えるようになりました。
――何がきっかけで意識が変わったのでしょうか。
植松さん 議論の場ができたことだと思います。みんなと議論できるようになったから、問題を見極めて、みんなに本気で示す気になる。逆に言えば、議論の場がなければ、人はなかなか本気では考えないものです。課題を共有し、みんなで検討する経験を重ねるうちに、「これは会社全体の問題だ」という視点が少しずつ育ってきました。
議論をつづけるなかで、パーパスの重要性にも気づきました。『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリは、人類は「虚構」や「想像上の物語」を信じる力があるから発展してきたと述べています。私の言い方では、組織が本当に力を発揮するには、共通の「妄想」が必要なんです。こうなりたい、こういう会社にしたいという思い。この重要な妄想に当たるのがパーパスだと思います。とはいえ、きれいごとだけではありません。パーパスに共鳴できない人は、どんなに優秀でも一緒にいるのは簡単ではない。お互いにとって幸せではない……と割り切れるようになったのも活動を通じて得た変化のひとつです。
「元の木阿弥」にならないために
――最終回に向けて、植松さんが自主的に60ページを超える提案資料を作成されたとうかがいました。周囲も驚く内容だったそうですが、どのような思いから準備されたのでしょうか。
植松さん このまま終わりにしたくなかったんです。せっかく変化が見えてきたのに、活動が終わった瞬間、また日常へ戻ってしまうのではないかという気持ちでした。放っておけば組織は元の習慣に戻ろうとする。だから最後に、いま感じていることをすべて出しておきたかった。
書きはじめたら止まらなくなって、気づいたら60ページに(笑)。言いたいことが多すぎたんですね。内容としては、自分たちは本当に経営者の覚悟をもっているのかと、自分自身も含めて問い直す内容でした。「また植松が何か言いだした」という空気になるだろうと心配していましたが、蓋を開けてみれば、みんな真剣に聞いてくれた。JREDは懐の深い会社だとあらためて感じました。
――この活動を通じて、ご自身にも変化がありましたか。
植松さん 「変わった」というより、「自分が変わってもいい場所ができた」という感覚に近いです。もともと私はこういう性格なんです。思ったことを率直に言うし、会社全体のことを考えて発言したい。でも以前は、それを出せる場所がなかった。出しても受け止められないだろうという空気がありました。
この活動を通じて、「言ってもいいんだ」「議論していいんだ」という場ができた。60ページの資料をつくる気持ちになれたのも、受け止めてもらえると思えたからです。
揺り戻しを避けるためにも対話をつづける

――活動を終えた現在、植松さんご自身の変化をどのように捉えていますか。
植松さん 自分では気づいてなかったのですが、あるとき「植松さん、変わりましたね」と言われたんです。これが自分にとってのターニングポイントでした。変わったというより、以前からもっていたものが出せるようになったという感覚に近いですね。
以前は自分の担当領域のことばかり考えていました。他の本部に課題があるとわかっても口出しするのは失礼だという遠慮がありましたから。でも現在は、「会社全体として正しいかどうか」という視点で発言できるようになってきた。たしかに変化したと思います。
――一方で、活動を終えてからの難しさもありますか。
植松さん 揺り戻しはありますね。日常の業務執行に戻ると、どうしても以前のやり方に引っ張られてしまう。だからこそ、対話をつづけようと思っています。私からちょいちょい周りに投げかける。意識的にやらないと、あっという間に元に戻ってしまいます。
――スコラ・コンサルトのプロセスデザイナーに、どのような印象をおもちですか。
植松さん グサッと本質を突いてくる藤城さんと、優しく受け止めてくれる若山さんのコンビネーションは絶妙でした。正解を教えるのではなく、自分たちで考えさせる姿勢が一貫していた。最初はじれったいと感じましたが、いま振り返ると非常に大切なことです。自分たちで悩み、議論しながらたどり着いたからこそ、腹落ちしたんですね。
数多く研修を受けてきたなかで、今回が間違いなく一番よかった。自信をもって言えます。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
植松さん 取締役のひとりとして、みんなが働いて楽しい会社、成長できる会社にしたい。そのために自分は、会社の未来を考えて大切なことは言いつづける。決して諦めずに言いつづけること。それが、自分の役割だと考えています。
